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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)5012号 判決

原告

杉田茂

被告

三井生命保険相互会社

右代表者代表取締役

鬼澤正巳

被告

明治生命保険相互会社

右代表者代表取締役

土田晃透

被告

協栄生命保険株式会社

右代表者代表取締役

亀徳正之

被告

太陽生命保険相互会社

右代表者代表取締役

西脇教二郎

被告

第百生命保険相互会社

右代表者代表取締役

川崎稔

被告

朝日生命保険相互会社

右代表者代表取締役

高島隆平

被告

富国生命保険相互会社

右代表者代表取締役

古屋哲男

右被告七名訴訟代理人弁護士

柏木義憲

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告三井生命保険相互会社は、原告に対し、金三六〇万円及びこれに対する昭和五七年七月一一日から、又は、予備的に同年八月一日若しくは昭和五八年三月二〇日から支払ずみまで年六分、又は、予備的に年五分の割合による金員を支払え。

2  被告明治生命保険相互会社は、原告に対し、金一二〇万円及びこれに対する昭和五七年七月一日から、又は、予備的に同年八月一日若しくは昭和五八年五月二七日から支払ずみまで年六分、又は、予備的に年五分の割合による金員を支払え。

3  被告協栄生命保険株式会社は、原告に対し、金二六五万円及びこれに対する昭和五七年七月一〇日から、又は、予備的に同年八月一日若しくは昭和五八年六月二三日から支払ずみまで年六分、又は、予備的に年五分の割合による金員を支払え。

4  被告太陽生命保険相互会社は、原告に対し、金九〇万円及びこれに対する昭和五七年七月六日から、又は、予備的に同年八月一日若しくは昭和五八年六月一八日から支払ずみまで年六分、又は、予備的に年五分の割合による金員を支払え。

5  被告第百生命保険相互会社は、原告に対し、金六九万円及びこれに対する昭和五七年七月五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

6  被告朝日生命保険相互会社は、原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する昭和五七年七月七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

7  被告富国生命保険相互会社は、原告に対し、金一八〇万円及びこれに対する昭和五七年七月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

8  訴訟費用は、被告らの負担とする。

9  第1項ないし第7項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告(但し、被告太陽生命保険相互会社との契約については、訴外杉田正子)は、生命保険業を営む被告らとの間でそれぞれ、別表一記載のとおり、生命保険契約を締結した(以下「本件主契約」という。なお、被告らについては、右別表保険会社欄記載のとおりそれぞれ「被告三井」などという。)。

2  原告(但し、被告太陽との契約については、訴外杉田正子)は、本件主契約締結の日と同日に本件主契約に付加して、被告らとの間でそれぞれ、別紙一ないし七記載のとおりの特約を締結した(以下「本件特約」という。また、本件主契約と合わせて「本件契約」という。)。

3  原告は、昭和五六年一一月頃発病した成人病である糖尿病、脳循環障碍及び膵臓炎の治療を目的として、山口県防府市緑町にある中原病院に同年一二月二日から昭和五七年六月三日まで(一八四日間)入院した。

4  (入院給付金等)

従つて、原告は、本件契約に基づき、被告らに対し、次のとおりの入院給付金等の請求ができる。

(一) 被告三井に対しては、別紙一(1)の特約に基づく疾病入院給付金一八〇万円と同(2)の特約に基づく成人病入院給付金一八〇万円の合計三六〇万円。

(二) 被告明治に対しては、別紙二の特約に基づく入院給付金一二〇万円。

(三) 被告協栄に対しては、別紙三(1)の特約に基づく入院給付金一八〇万円と同(2)の特約に基づく入院給付金八五万円の合計二六五万円。

(四) 被告太陽に対しては、別紙四の特約に基づく入院給付金九〇万円。

(五) 被告第百に対しては、別紙五(1)アの特約に基づく入院給付金三六万円、同(1)イの特約に基づく長期療養給付金六万円及び同(2)の特約に基づく成人病入院給付金二七万円の合計六九万円。

(六) 被告朝日に対しては、別紙六(1)の特約に基づく疾病入院給付金六〇万円及び同(2)の特約に基づく成人病入院給付金九〇万円の合計一五〇万円。

(七) 被告富国に対しては、別紙七(1)の特約に基づく疾病入院給付金九〇万円及び同(2)の特約に基づく成人病入院給付金九〇万円の合計一八〇万円。

5  (請求)

(一) 原告は、被告三井の徳山支社に昭和五七年六月三〇日に到達した所定の請求書類により右4項(一)の三六〇万円を請求し、右請求書類は遅くとも同年七月三日までに被告三井の本社に到達した。

よつて、原告は、被告三井に対し、右三六〇万円及びこれに対する右請求書類が被告三井の本社に到達した日から七日を経過した日の翌日である昭和五七年七月一一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 原告は、被告明治に対し、遅くとも昭和五七年六月二五日までに到達した所定の請求書類により右4項(二)記載の一二〇万円を請求した。

よつて、原告は、被告明治に対し、右一二〇万円及びこれに対する右請求書類が被告明治に到達した日から五日を経過した日の翌日である昭和五七年七月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三) 原告は、被告協栄に対し、昭和五七年七月二日に到達した所定の請求書類により右4項(三)記載の二六五万円を請求した。

よつて、原告は、被告協栄に対し、右二六五万円及びこれに対する右請求書類が被告協栄に到達した日から七日を経過した日の翌日である昭和五七年七月一〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(四) 原告は、被告太陽に対し、昭和五七年六月三〇日に到達した所定の請求書類により右4項(四)記載の九〇万円を請求した。

よつて、原告は、被告太陽に対し、右九〇万円及びこれに対する右請求書類が被告太陽に到達した日から五日を経過した日の翌日である昭和五七年七月六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(五) 以上の被告四名に対する遅延損害金の請求について、原告主張の起算日が認められない場合には、予備的に、右被告四名が事実関係の調査を終了した日の後である昭和五七年八月一日から各支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(六) さらに、右(五)項の主張も認められない場合には、右被告四名に対し、それぞれ本件訴状が到達した日の翌日(被告三井については、昭和五八年三月二〇日、被告明治については、同年五月二七日、被告協栄については、同年六月二三日、被告太陽については、同年六月一八日)から各支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(七) また、右被告四名に対する遅延損害金の請求について、商事法定利率年六分の割合によることが認められない場合には、予備的に民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(八) 原告は、被告第百に対し、昭和五七年六月二九日に到達した所定の請求書類により右4項(五)記載の六九万円を請求した。

よつて、原告は、被告第百に対し、右六九万円及びこれに対する右請求書類が被告第百に到達した日から五日を経過した日の翌日である昭和五七年七月五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(九) 原告は、被告朝日に対し、昭和五七年七月一日に到達した所定の請求書類により右4項(六)記載の一五〇万円を請求した。

よつて、原告は、被告朝日に対し、右一五〇万円及びこれに対する右請求書類が被告朝日に到達した日から五日を経過した日の翌日である昭和五七年七月七日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(一〇) 原告は、被告富国に対し、遅くとも昭和五七年六月二五日までに到達した所定の請求書類により右4項(七)記載の一八〇万円を請求した。

よつて、原告は、被告富国に対し、右一八〇万円及びこれに対する右請求書類が被告富国に到達した日から五日を経過した日の翌日である昭和五七年七月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める(なお、被告太陽との契約は、訴外杉田正子名義で締結されているが、右訴外人は単なる名義人であり、実質的な契約者は原告である。)。

2  同3の事実のうち、原告が原告主張の期間、中原病院に入院していたことは認め、その余の事実は知らない。

なお、原告は、一八四日間入院する必要はなかつた。原告の糖尿病は通院治療で十分であり、教育入院を行う場合であつても最大限、三週間で十分であつた。また、その他の疾病は入院を必要とするものではなく、検査のための入院であつても一週間以上になるのは妥当ではない。

3  同4は争う。

4  同5のうち、(八)及び(九)記載の原告の請求書類が原告主張の日にそれぞれ被告第百と被告朝日に到達したことは認め、その余は否認ないし争う。

三  抗弁

1  (公序良俗違反)

保険契約は、契約当事者の果たすべき給付義務の存否及びその範囲が契約当時不確定で、偶然の事実によつて左右されるために、射幸契約に属する。にもかかわらず、保険が賭博等と異なり合法性が認められるのは、客観的又は主観的に不労利得を生じさせないからであり、この点が維持されなければ、保険契約といえども、公序良俗に違反し無効となる。

即ち、不労利得を生じさせる可能性が客観的に存在する場合に、その現実化のための条件たる事実の発生が、(1) 行為者にとつて好ましいか、(2) 利害関係的に無色であるか、(3) その事実が発生する場合に予想される苦痛の程度と利得の程度とを比較して後者の方が大きい場合であつて、しかも、右の事実の発生の可能性が契約締結後、比較的短期間内に成否いずれかに決定される場合には、右の不労利得の獲得を主要な動機とする契約であり、公序良俗に違反し、無効となる。

また、被保険者の年齢、性別、職業、収入その他の事情をしん酌し、支払保険金額が著しく過当な場合で(短期間に続けて重複保険契約を締結し、所得との均衡を著しく欠く場合には、著しく過当であるとの判断ができる。)、誰が見てもおかしいと思われる場合には不法な利得の意思を推定でき、公序良俗違反として無効になる。

本件では、原告は、別表二記載のとおり、昭和五六年五月一日から同年一〇月一日までの短期間に農協も含めて一〇社の保険及び共済に集中加入し、従来加入していた保険と合わせると、月額保険料及び共済掛金の合計は約三〇万円となり、成人病で入院した場合の給付日額は合計で約二〇万円、一回の入院についての給付限度日数である一八〇日間入院したときの給付総額は約三〇〇〇万円となる。原告は、このほかに簡易生命保険にも加入しており、また、被告三井等に対しては、実際に加入した本件特約よりも高額の入院給付金特約の締結を希望したり、あるいは、成約に至らなかつたが、原告が加入を希望した保険会社が他に多数あつた

これに対し、原告は、昭和五六年当時、年収が七〇〇万円から八〇〇万円以下であり、また、五〇〇〇万円以上の負債を負い、その月額の返済額は一〇〇万円を下らないという状態で、破産状態であつた。従つて、原告が成人病で入院した場合の右給付額は、原告の収入との均衡を著しく欠き、本件契約は誰が見てもおかしいといわざるをえない。

さらに、原告は、入院期間中に外出して歩き回つており、本件の入院は原告にさしたる苦痛を及ぼすものではない。これに比較して、右給付金による利得の方が大きく、不労利得を生じさせる。また、原告は、契約後短期間内に入院し、右給付金による利得の発生することが契約締結後短期間内に決定した。

従つて、本件契約は、保険契約が公序良俗違反として無効となる要件をいずれも満たしている。

2  (信義則違反)

原告は、前記のような集中加入の意図を隠して本件契約を締結したのであり、本件特約は、信義則に違反して無効である。

3  (詐欺無効)

別紙九記載の被告らの各約款のとおり、保険契約者又は被保険者の詐欺により保険契約の締結がされた場合には、保険契約は無効となる。

原告は、本件契約締結前である昭和五六年四月以前に自己が糖尿病に罹患していることを知つていながら、そのことを秘し、被告らの営業担当者に対し自己が健康体であると申し向け、その旨右営業担当者らを誤信させて本件契約を締結させたから、本件契約は無効である。

右の事実は、以下の事実から明らかである。

(一) 原告は、前記のとおり破産状態にありながら、高額の保険料を負担することになる本件契約を締結した。

(二) 原告は、本件契約を締結した合理的な理由を説明できない。

(三) 原告は、本件契約の締結が完了した日から二か月後の昭和五六年一二月二日に入院し、一回の入院についての給付限度日数である一八〇日間を四日だけ上回る期間入院した。

(四) 原告は、保険会社に勤務した経歴を有し、保険実務に精通していた。

4  (債務不履行解除)

入院給付金の支払要件である「入院」については、被告らの約款上、「医師による治療が必要であり、かつ、自宅等での治療が困難なため、病院又は診療所に入り、常に医師の管理下において治療に専念すること」という定義が定められている。

ところが、原告は、以下のとおり、入院期間中治療に専念すべき義務を怠つた。

(一) 原告は、全入院期間を通じ、投与される経口血糖降下剤デアメリンSをほとんど服用していなかつた。

(二) 少なくとも四日弱に一度は、病室に不在の時があつた。

(三) 右の不在の時に、原告は、別件の民事訴訟の法廷に当事者として出廷し、本人尋問を受けたりした。また、自己が経営する金融業に従事した。

このように、原告は故意に治療を怠り、健康の回復を遅らせて最高額の入院給付金を取得しようとしたのであり、被告らとの間の信頼関係を完全に破壊した。

そこで、被告らは原告に対し、昭和六一年九月五日の本件口頭弁論期日において本件契約を解除する旨の意思表示をした(なお、被告太陽との契約者が、名義上は訴外杉田正子であるが、実質的には原告であることは前記のとおりである。)。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  (公序良俗違反について)

抗弁1のうち、原告の生命保険の加入状況が別表二のとおりであることは、「今回の入院による支給額」の「協栄生命」及び「農協」の欄を除いて、認める。

原告が昭和五六年当時、破産状態であつたとの点は否認する。原告の事業は極めて順調であり、負債についても定期的に弁済していた。

本件契約が公序良俗違反となるとの点は争う。

まず、本件契約は、各被告との契約ごとに別個の契約であり、契約の効力についても各契約ごとに判断すべきである。

そして、入院給付金特約付きの生命保険契約については何社以上は加入できないとか各社の保険金額、入院給付金額の合計が何円以上は加入ができないというような他社との関係における加入制限は、法令上も約款上も設けられていない。

かえつて、入院給付金については、各社ごとに一回の入院については一八〇日を限度とするというような制限を設けているから、この限度までは各社は独立して責任を負うというべきである。

にもかかわらず、被告らの主張のような曖昧な基準によつて加入制限を設けるのは、信義則に違反する。

また、入院給付金特約は、入院による具体的な損害の有無及びその程度のいかんにかかわりなく契約に定められた一定の額が支払われるものであり、契約者の収入の額等とは関係がない。かえつて、収入の少ない者こそ、将来の備えのために保険の必要性が高いのである。原告も、その都度必要に応じて、加入したにすぎない。

さらに、本件特約については、不法利得の目的で加入することはありえない。疾病入院という結果の発生には、契約者の意思の介入する余地はないからである。

なお、原告が、昭和五六年五月から一〇月までの間に別表二記載の一〇社の生命保険に加入した理由は次のとおりである。

生命保険は被保険者の年齢が五〇歳を超えると五歳ごとに保障期間が短くなり、保険料も大幅に高額となる。そして、年齢計算は被保険者の生年月日から六か月を経過すると一歳加えて計算される。原告は大正一五年一月二九日生れであるから、昭和五六年七月二九日になると保険年齢は五六歳となる。そこで、保障期間、保障内容、保険料等からみて、昭和五六年七月二八日までに加入するのが有利であり、いつ病気になるかもしれないし、将来のことも考えて、昭和五六年七月二八日までに七社の生命保険に加入したものである。

その後に加入したもののうち、被告太陽については、原告の実妹杉田正子が独身で病気であり、働くことができないので、同人を保険金受取人として加入したものである。

被告第百については、原告の自営業の事務員兼販売員として高山克子を十余年雇傭しているが退職金制度もないので、同人を保険金受取人として加入したものである。

農協の死亡共済金の受取人は原告の実弟杉田邦男と原告の事業に対する出資者小松頼夫であるが、右両名は知人の間柄で、原告は杉田邦男の紹介で右小松頼夫から高額の融資を受けているので、原告が死亡した場合に持病のある弟邦男に迷惑がかからないようにとの配慮から、加入したものである。

また、原告は鮮魚商、化粧品販売業等を営んでいるが、原告が死亡した場合、あるいは疾病、傷害等で働けなくなつた場合の家族の将来、債権者への支払、その他諸々の出費等を考えて、生命保険に加入し、入院給付金特約等を締結したものである。

2  (信義則違反について)

抗弁2は争う。

3  (詐欺無効について)

抗弁3のうち、原告が昭和五六年四月以前に自己が糖尿病に罹患していることを知つていたとの点は否認する。

本件契約の締結にあたり、原告は、それぞれ被告の診査医による検診を受け、いずれも健康状態が良好であるとの診断をされたから、少なくとも、最後の検診時である昭和五六年一〇月二日までは健康であつた。

4  (債務不履行解除について)

抗弁4のうち、原告が故意に治療を怠つたとの点は否認する。

入院期間中原告が治療に専念していたことは、中原病院日誌からも明らかである。

また、用便のため、見舞客と待合室で会うため、さらに、軽い運動が許されているため、原告が、たまに不在であつても、不自然ではない。

入院の必要性及びその期間については、医師が判断するものであり、原告の関知するところではない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない(なお、〈証拠〉によれば、被告太陽との契約については、原告が自己の妹である訴外杉田正子の名義を用いて契約したことが認められる。)。

二同3の事実のうち、原告が昭和五六年一二月二日から昭和五七年六月三日まで中原病院に入院したことは当事者間に争いがない。

また、〈証拠〉によれば、原告が中原病院に入院した昭和五六年一二月二日に原告は糖尿病、脳循環障碍、膵臓炎及び膀胱炎であるという診断を受けていたことが認められる(なお、右〈証拠〉中には、胆のう炎の記載もあるが、〈証拠〉によれば、原告の胆のう炎は原告が中原病院を退院した後に通院治療を受けたものであることが認められる。また、鑑定の結果によれば、右の脳循環障碍は、傷病名ではなく症状名であることが認められる。)。

そして、別紙一ないし七の特約(本件特約)によれば、原告が被告らに対し、入院給付金等の請求をするためには、まず、原告の疾病が本件契約の締結日以後に発病することが必要であるから、以下、原告の右疾病ないし症状が本件契約締結日以後に生じたものか否かについて判断することにする。

まず、〈証拠〉によれば、原告は、昭和五六年一一月に記憶を失うという症状が出るまでは、一〇年ないし一五年間、医者の治療を受けたことがなく、健康には自信があつたという趣旨の供述をしていることが認められる。原告本人尋問における供述も同旨のものである。

また、原告が経営する化粧品販売会社の従業員である証人高山克子も、原告は昭和五六年に身体の異常を訴えるまでは、非常に健康であつたという証言をしている。

さらに、〈証拠〉によれば、原告は、被告三井、同明治、同協栄及び同太陽と本件契約を締結する前後に(被告三井については、昭和五六年四月二五日、同明治については、同年五月二一日、同協栄については、同年四月二八日、同太陽については、同年一〇月二日である。)、それぞれ同被告らの診査医の検診を受け、その健康状態について良好とか頑健であるとの診査結果が出されているうえ、いずれの検診の際にも尿検査を受けて、糖については、いずれも「マイナス」であるとの検査結果が出されていることが認められる。

以上の事実ないし証拠は、原告の疾病ないし症状が本件契約締結日以後に生じたものであることを一応裏付けているということができる。

しかし、他方、以下の1ないし7の各事実を認めることができる。

1  まず、原告の生命保険の加入の状況が別表二のとおりであることは当事者間に争いがなく(但し、同表のうち、「今回の入院による支給額」の「協栄生命」と「農協」の欄を除く。)、そうすると、原告は、昭和五六年五月一日から同年一〇月一日までの間に一〇社との間で入院給付金特約付きの生命保険及び共済に集中加入をし、それ以前に加入していた入院給付金特約付きの生命保険と合わせると、毎月の保険料の合計額は、約二九万八三四〇円になつたことになる。

2  これに対し、原告は、昭和五六年当時、年収が七〇〇万円から八〇〇万円であるのに、負債が五〇〇〇万円から六〇〇〇万円あり、毎月の返済額は一〇〇万円以上であつたという趣旨の供述をしている。そして、〈証拠〉によれば、原告は大阪地方裁判所の原告本人尋問の際にも同様の供述をしているほか、右年収額から年に二五〇万円から三〇〇万円の生活費を支出していたという趣旨の供述もしていることが認められる。

3  次に、原告が本件契約を締結する際には、以下のような事実が認められる。

(一)  〈証拠〉によれば、原告は、被告三井との契約の際、原告の方から被告三井の防府営業所の営業員である訴外西山キヌに契約締結の申入れをし、同人の勧める満期保険金付きの生命保険には興味を示さず、保険料がいわゆる掛け捨てとなるものを希望して満期保険金のない契約を締結したこと及び入院給付金については、被告三井において給付限度額を日額五〇〇〇円と定めていたにもかかわらず、原告は特に給付日額を一万円にするように希望し、結局、災害入院給付金特約、疾病入院給付金特約、成人病入院給付金特約のいずれもが給付日額一万円で締結されたことが認められる。

(二)  〈証拠〉によれば、原告は、被告明治との契約の際、被告明治の防府営業所の支部長であつた訴外田村保江に対し保険に加入したい旨の申込みをして、保険料が掛け捨てとなる生命保険への加入を希望し、入院給付金特約については、できるだけ給付日額が多額になるように希望したが、右田村から掛け捨ては得策ではないと勧められて満期保険金を一〇〇万円とする契約を締結したことが認められる。

(三)  〈証拠〉によれば、原告と被告協栄との間の本件契約においては、満期保険金の給付はない旨約されていることが認められる。

(四)  〈証拠〉によれば、原告は被告太陽との契約の際、自分から被告太陽の支社を訪ねて保険に加入したい旨申し出たこと、被告太陽の徳山支社の係長であつた訴外田原雅明の勧める満期保険金付きの生命保険には加入せず、保険料が掛て捨てとなる生命保険に加入をしたこと及び入院保障の付加された保険への加入を希望し、入院給付金特約については給付日額を最高限度額である七五〇〇円とする契約を締結したことが認められる。

(五)  〈証拠〉によれば、原告は、被告朝日との契約の際、同被告の営業所の職員に保険に加入したい旨を申し入れ、被告朝日の防府営業所の所長であつた訴外古賀隆道に対し、死亡した時の保険金は多くなくても良いが、入院給付金については被告朝日の社内で設けている五〇〇〇円の限度額を所長の裁量で一万円にするようにと希望をしたこと及び満期保険金を一〇〇万円として契約したことが認められる。

そうすると、原告は、本件契約を締結する際には、被告らの側から勧誘されて加入したものではなく、自ら積極的に加入したものであり、多くの場合に、保険料は掛け捨てとなるものにし、入院給付金特約については、給付金額ができるだけ高額となるように希望していたことが認められる。

4  〈証拠〉によれば、原告は、前記のように生命保険及び共済に集中加入をした理由として、昭和五六年になつてから、それまで行つていた金融業を廃止して新たな事業を開始しようと考え、そのための資金を金融機関などから融資を受けるためには生命保険に加入していたほうが有利であるからであるとの供述をしていることが認められる(当裁判所における本人尋問においてもほぼ同旨の供述をしている。)。

しかし、他方、〈証拠〉によれば、原告は、右の新しい事業については、広告業とスーパーマーケットに鮮魚の専門店を出すことの二つを考え、このうち前者にしようと考えていたとの供述をしているものの、その事業計画の内容については全体的に曖昧な供述に終始しているばかりでなく、右の新しい事業の準備期間としては三か月程度、軌道に乗るまでに一〇か月程度見込んでいたとの供述をしながら、結局、右の新しい事業の準備としては本件契約を締結しただけであるとの供述をしていることが認められる。

そうすると、原告が前記のとおり生命保険に集中加入をした理由として、新たな事業を開始するためであるというのは、合理的な説明であるということはできない。

その他、原告は、訴外杉田正子を死亡保険金の受取人とする被告太陽との契約については、同女が原告の妹で、働くことができないため、原告が死亡したときのことを考えて加入したものであり、また、訴外高山克子を死亡保険金の受取人とする被告第百との契約については、原告死亡の場合に同女に退職金代わりに死亡保険金を得させるためである等の主張もしており、原告本人尋問においても同旨の供述をしている。

しかし、右の理由は、いずれも、原告が前記のとおり、生命保険の集中加入を行つた際に入院給付金特約を締結し、その給付金をできるだけ高額のものにしようとした理由を説明しうるものではない。

さらに、原告は、病気になつて、働けなくなつた時のための保障であるとの主張もしているが、前記のような集中加入の理由としては、とうてい納得しうる理由ではない。

結局、原告は、前記のとおりの集中加入に関する合理的な理由を主張ないし供述していないものといわざるをえない。

5  原告は、自己の異常に気付いた時期について、当庁における原告本人尋問(昭和五九年四月二五日実施)の際には、中原病院で医師に注意されるまでは気が付かなかつたと供述しているにもかかわらず、〈証拠〉によれば、原告は、大阪地方裁判所の原告本人尋問(昭和六〇年七月五日実施)の際には、昭和五六年一一月に記憶を喪失するという症状が最初に現れた日の四、五日ないし一週間後に赤い尿が出たために自己の尿の異常に気付き、原告の妻から病院に行くようにと勧められたという趣旨の供述をしていることが認められる。

即ち、原告は、自己の尿の異常に気付いた時期についての供述を変遷させていることが認められる。

6  〈証拠〉によれば、原告は、中原病院に入院した昭和五六年一二月二日に、防府簡易裁判所に対し、同庁の昭和五六年(ハ)第六号建物明渡請求事件(原告倉重達也外一名、被告杉田茂)に関して同月三日の口頭弁論期日変更の申立書を提出し、その理由として、「当日被告(注・本件原告杉田茂のこと)は中原病院に入院(病名糖によう病治療)することになつておりますので、出頭することができません」と記載したことが認められる。

ところが、〈証拠〉によれば、原告が糖尿病等の病名により中原病院に入院したのは昭和五六年一二月二日の午後六時二五分であつたことが認められ、結局、原告は、右入院前に右期日変更の申立書を提出したことが推認できる。

そして、原告は、〈証拠〉中で、自己が糖尿病に罹患しているとの診断が出されたのは昭和五六年一二月二日から三、四日ないし一週間経過後であるとの供述(この供述は、〈証拠〉に照らし措信できない。)をしており、入院前に右のような申立書を提出した点について何ら合理的な説明をしていない。

7  〈証拠〉によれば、原告は、昭和五六年一二月二日の初診の際、医師には、口喝、掻痒感という症状を訴えなかつたが、医師により糖尿病であるとの診断が下された後には、看護婦に対して右の症状を訴えたこと及び右の症状は重症の糖尿病患者の症状であり、原告の糖尿病は軽症であるため、右のような症状はないはずであることが認められる。

従つて、原告は、医師に対する症状の訴え方と看護婦に対するそれとで、矛盾した言動をとつたことになる。

以上の事実が認められる。

そうすると、まず、原告は、昭和五六年当時自己の年収が七〇〇万円から八〇〇万円であり、負債が五〇〇〇万円から六〇〇〇万円で一か月の返済額が一〇〇万円以上であつたという供述をしているにもかかわらず、月額保険料の合計が約二九万八三四〇円となるような入院給付金特約付きの生命保険に集中加入をしたのであるから、そのような行動をとつたことには、それ相当の理由があるのが事理の当然というべきところ、原告はその点について、合理的な主張ないし供述をしていない。

これに対し、原告が、右の集中加入の前に自己が糖尿病に罹患していることを知つており、近いうちにその治療のために入院をし、そのために高額の入院給付金の支払がされる見込みがあつたというのであれば、右の点については合理的な説明がつくことになる。

そして、原告が、自分の方から積極的に本件契約の締結を申し込み、満期保険金付きの生命保険(弁論の全趣旨によれば、一般に保険料は掛け捨ての場合より高いが、貯蓄性が高いことが認められる。)よりも、掛け捨ての生命保険を選択し、入院給付金特約の給付日額をできるだけ高額にするように希望したという前認定の行動も、右のように、原告が集中加入前から自己が糖尿病に罹患していることを知つており、近いうちに入院することが予定されていたという前提に立てば良く説明することができる。

さらに、原告が自己の尿の異常に気付いた時期についての供述が変遷していること、入院前に自己が糖尿病治療のために入院することになつている旨を記載した口頭弁論期日変更の申立書を防府簡易裁判所に提出し、しかも、その点について合理的な説明をしていないこと及び自己の症状を訴えるについて、医師と看護婦にそれぞれ矛盾した言動をとつていること等の前認定の事実は、いずれも、原告が入院前に自己が糖尿病に罹患していることを知つていながら、これをことさらに隠そうとしたものであると見ることができる。

以上の検討によれば、まず、原告の糖尿病については、本件契約前に既に罹患し、原告がそのことを知つていたのではないかとの強い疑いを生じさせるに十分であり、昭和五六年一一月までは前記のような疾病ないし症状はなかつたとする原告の供述及び証人高山克子の証言を直ちに採用することはできず、結局、原告の糖尿病が本件契約締結日以後に発病したという事実を認定することはできないというべきである。

原告が、被告三井、同明治、同協栄及び同太陽との間で本件契約を締結する前後にそれぞれ右被告らの診査医による検診を受け、その際に行つた尿検査において、糖がマイナスであるとの結果が出たことは前認定のとおりである。そして、他の被告らも、契約の申込みを承諾しているのであるから、それぞれの診査医による検査の結果は同様のものであつたと推認される。

しかし、鑑定の結果によれば、生命保険に加入する際の尿の検査は、シノテストないし試験紙を用いて行われるテステストによること(なお〈証拠〉によれば、被告三井の検診の際には、シノテストによつたことが認められる。)、それらの検査による場合、原告の程度の軽症の糖尿病ならば、食事を一回とらずに検査を受ければ、糖はマイナスとの結果が出ることが認められる。そして、〈証拠〉によれば、原告は、生命保険会社に五年間勤務した経験があること及び原告の次男の妻が中原病院の看護婦をしていたことがあり、現在、原告は、自宅で試験紙を用いて尿検査をしていることが認められ、これらの事実によれば、原告が右のような事実(生命保険に加入する際の尿検査の方法では食事を一回とらなければ尿検査の糖がマイナスの結果となること)を知つていたとしても不思議ではなく、本件契約の際の検診において食事制限をするなどして故意に尿検査の結果を操作した可能性も否定できないところであるから、本件契約の際の検診の尿検査の結果、糖がマイナスであつたという前認定の事実のみによつて、原告の糖尿病が本件契約締結日以後に発病したことを認定することはできない(なお、原告の糖尿病は、前認定のとおり、軽症であり、鑑定の結果によれば、自覚症状もないことが認められるが、鑑定の結果によれば、原告は、たとえ自覚症状がなくとも、自治体等の実施する成人病検診などにより自己が糖尿病に罹患していることを知る機会は多かつたことが認められる。)。

次に、原告の脳循環障碍については、前記のとおり傷病名ではなく単なる症状名であるため、疾病であるかどうかが疑わしいうえ、鑑定の結果によれば、その症状名は、脳には器質的な変化がないため、原告の供述(〈証拠〉中の「私がトイレに行つておつて、…自分はしやがんでおるのにふつと気がつくと、寝ておるんでもなければ起きておつたともわからん。何故、ここに、トイレにどうして来たかということが全然わからん。」等の供述)のみに基づいて付けられたものであることが認められる。

そして、鑑定の結果によれば、右の原告の供述が信用できるものであれば、原告には癲癇の疑いがあること、癲癇であるならば、遺伝的な要素が大きく、若い時から症状があつたはずであることが認められる。さらに、右の原告の供述のような症状が初めて出た場合には、通常であれば、直ちに、病院に行くであろうと考えられるところ、原告は、右のような症状が出たのが昭和五六年一一月中旬であると供述しながら、同年一二月二日になつてから中原病院に行つたという事実に照らしても、原告が一一月以前から右のような症状を既に経験していたので、直ちに医師の診察を受けずに経過を見ていたのではないかという疑いが強いというべきである。そして、鑑定の結果によれば、右のような症状は継続的に出るものではなく、年に一回というような回数で出ることもありうることが認められるから、昭和五六年一一月以前に原告が右のような症状を経験しているとすれば、本件契約前であることが推認できる。

以上の検討によれば、原告の脳循環障碍についても、仮に原告にこのような症状があつたとしても、これが本件契約締結日以後に発症したということを認定することはできない。

なお、原告が、被告三井、同明治、同協栄及び同太陽との本件契約締結の前後に右被告らの診査医の検診を受け、それぞれ、健康状態について良好とか頑健であるとの診査結果が出されたことは前認定のとおりであるが、右の脳循環障碍の症状名については、原告の供述のみに基づいていることは前認定のとおりであり、原告が供述しない限りは、分からなかつたと推認できるから、右の事実のみによつて、原告の脳循環障碍の症状が本件契約締結日以後に生じたことを認定することはできない。

三次に、原告の膵臓炎、膀胱炎について判断する。

鑑定の結果によれば、原告の膵臓炎については、CTスキャンによれば、原告の膵頭部に密度の希薄が認められたものの、膵臓炎であるか否かを診断するために測定されるアミラーゼ(膵臓にある酵素)の値は正常値であり、また、膀胱炎については、膀胱部に圧痛と排尿障害感があつたにすぎないため、いずれも入院治療を必要とするものではなかつたことが認められる(なお、証人勝俣規の証言によれば、中原病院の中原淳齊医師が、同証人に対し、原告の疾病は相互に関連があり、各疾病についていつからいつまで入院したものであるかは言えないという趣旨の説明をしたことが認められるが、しかし、右の説明によつても、原告が、右膵臓炎と膀胱炎のみによつて治療のための入院が必要であつたということにはならない。)。

四以上の検討によれば、原告の糖尿病及び脳循環障碍については、本件契約締結日以後に発病(ないし発症)したことが認定できず、また、膵臓炎及び膀胱炎については、入院治療が必要であつたことが認定できないことになり、いずれも別紙一ないし七の本件特約に基づく入院給付金等の請求の要件を欠くことになる。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求は、いずれも理由がないことになる。

五よつて、原告の被告らに対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官氣賀澤耕一 裁判官都築政則)

別紙一 (被告三井)

(1) 被告三井は、原告が、本件主契約の契約日以後に発病した疾病を直接の原因として、右疾病の治療を目的として、本件主契約の保険期間中、継続して二〇日以上、日本にある病院に入院した場合には、入院一日につき金一万円の疾病入院給付金を原告に支払う。但し、一回の入院給付日数の限度は一八〇日とする。右給付金は被告三井所定の請求書類が被告三井の本社に到達してから七日以内に被告三井の本社で支払う。

(2) 被告三井は、原告が、本件主契約の契約日以後に発病した別紙八記載の成人病を直接の原因として、右成人病の治療を目的として、本件主契約の保険期間中、継続して二〇日以上、日本にある病院に入院した場合には、入院一日につき金一万円の成人病入院給付金を原告に支払う。但し、一回の入院給付日数の限度は一八〇日とする。支払時期・場所は右(1)に同じ。

別紙二〜九〈省略〉

別表一、二〈省略〉

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